不完全なぷんぷんのブログ

何事も中途半端で飽き性なぷんぷんの、等身大のブログ。

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諦める方が、頑張るよりも何倍も楽だが先細りの人生になる

諦める方が、頑張るよりも何倍も楽だが先細りになる

何かを諦めるって

夢をあきらめる。とか

結構辛いことのように使われることが多いけれど

一番楽な方法である。

 

個人的にも、割と早めに子供を授かって

家族ができて生活を送っているが

頑張って、キャリアも諦めたくないし頑張りたいと思って過ごしている。

 

相対評価でしかないが、周りの同じ状況の友人に比べても

仕事にも重きを置いて過ごしているつもりであるが

そんな私でも、諦めたいな。楽になりたいな。なんていう瞬間がたびたび訪れる。

 

2ヶ月に一度くらいの調子のいい時期もあれば

子供の体調が悪くて休みがちになると

1週間に2、3回なんて頻繁に

「あーーーーやっぱり無理かも」なんてタイミングが来たりする。

 

そのタイミングが来るたび、その感情に抗ったり

結局諦めてしまったりで、スイッチオフになるのだが

そうするととても嫌悪感を感じて、「諦めちゃダメだ!頑張らなきゃ」

 

なんて頑張るスイッチを入れているのだけれど

あきらめるのに慣れると、スイッチの入れ方を忘れて

諦めモードから抜け出すことが難しくなってくるのであった。

 

今、考えると

充実している人たちって

やっぱり会社でも私生活でも諦めずに頑張ってきた人である。

 

頑張ったからといって充実するとは限らないけれども

頑張っていない状態で自分の人生の先を広げていくことは出来ないのではないか。

 

そう感じたのであった。

 

結構世の中的には、自由に生きよう!声をあげよう!!!みたいな

思想は大切だよという風潮が広まりつつあるのだけれど

結局自分を貫いたり、頑張り続ける労力が続かなくて

 

自分自身で何か切り拓いた働き方をわざわざしなくても

そういうやりたいことを頑張り続けることを諦めて

諦めてしまった自分に芽生えた

ちょびっとだけ罪悪感を抱きながら、生きていく方が楽なのであろう。

 

水は高いところから低いところに流れる

 

頑張り続けることを、辞める方が楽だし

世の中にはそうやって諦めた人がたくさんいる。

 

しかも、諦めた理由を

もっともらしく、家庭のせいや時間のせいやお金のせいにできたりするから

厄介なのだ。

 

それは、頑張ることをやめる理由にはならないのだけれど

諦める理由には簡単になったりする。

 

3年前から、資格を取りたいと

いろいろなことを始めては

子育てや、仕事やその他諸々のもっともらしい言い訳を使って

実現しなかった。

 

そのツケが今になって回ってきているように感じる。

 

それは私生活もであるし

会社や仕事でもあるのだが

人生にいおいて、何か叶えたいことはどこかで頑張らないと達成できないと考える。

 

そう考えると、今いろいろな理由をつけて

何かを諦めることが、今後の人生の選択肢を自ら諦めて狭めていっているように

感じて、このままではダメだと強く感じたのであった。